WIND OF MOON

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アニメ【NARUTO】第500話感想

■第500話「芸術家の美学」2012年9月20日放送
脚本/千葉克彦 絵コンテ/香川豊 演出/河合滋樹 作画監督/大西雅也


祝!アニメ500話(すごい、500話だって!?)

今回のアニメオリジナル話は大歓迎!!!
こういう原作にリンクしている話は、オリジナル話で広げ過ぎてもいけないしで、そのさじ加減が凄く難しいけれど、そこは脚本家の腕の見せ所だと思う。

◆知らぬが仏
のデイダラ(^^;)。
なまじ生き返ったばかりに、サスケと戦って死んだのは自分だけと知ってしまってお気の毒…

◆合言葉
「山」と言えば普通「川」でしょうよ(^^;)
「山のあなたの空遠く」は『山のあなた』カール・ブッセ/上田敏訳だそうで。
古典的な合言葉と、うろおぼえだけれど落語の「山のあなあな…」を引っ張り出して来たあたり、小ネタを知っているだけにくすっとしてしまいました。


◆一瞬の輝き、一瞬にして散る花こそ芸術
サスケとの戦いは刺し違え覚悟、文字通り命懸けの『芸術は爆発だ!』だった筈。
それがサスケは生き延びて、今や自分が生前所属していた暁のメンバーになっているという。
驚愕の事実を聞かされて、そりゃあデイダラさんおったまげるわ!
考えようによっては、死んだ自分の後釜にサスケが収まったと受け止められなくはないですから。


爆発という一瞬の昇華に美を求めるデイダラにとって失敗は『駄作』であり、彼の指す『究極芸術』とは自らを爆破させる事だから、それ以降はない筈なのです。だから穢土転生の様に爆発しては何度も元に戻るのはダサイ以外の何ものでもないのだとデイダラは思うのですね。


◆芸術家の孤独
『芸術は爆発だ!』と岡本太郎の“太陽の塔”(って言っていいですよね)よろしくまばゆいばかりの光と共に散ったデイダラ。
「死んで芸術になる」と思い遂行したのですが、サスケは怯えもしなければ驚嘆も絶望も泣き喚きもしなかった。
デイダラはあの時自分の芸術の完成とサスケの死を信じて疑わなかったと思うけれど、結果は黒ツチ曰く「誰も気にしていない」…


◆インテリは芸術家を庇護する
結局、“太陽の塔”は失敗だった訳です(^^;)
サスケが生きていると知ったからには『超究極芸術を完成させる』という新たな『目的』がデイダラに出来て、再びサスケを倒すチャンスを得たのですが、それには“太陽の塔”以上の術でなければ倒せない。
でもカブトにしてみれば、忍連合軍を倒してくれさえすればいいのですから、デイダラの芸術がどうであろうとどうでもいいのです(^^;)


◆え、起爆粘土って調達するの?
デイダラの体で作られるって訳ではないのね。


◆芸術バカ
デイダラの弱点は雷遁じゃなく、自らの芸術に対する美学へのこだわりって事なんでしょうね(^^;)


◆芸術は永遠に死なない
まるで岡本太郎へのオマージュじゃないの。
それで、再び黒蟻に捕えられたデイダラ(これで原作から逸脱しない)がどういう術をひらめいたのかは分かりませんけれど!

補足説明:「そこに顔があったっていいじゃないか」とは ―
1976(昭和51)年ロバート・ブラウン発売2周年を記念して、ノベルティ[顔のグラス]が発表された。岡本太郎氏の「グラスの底に顔があってもいいじゃないか!」の名文句は、あまりにも有名。
参考文献と画像 http://www.kanshin.com/keyword/220020



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