WIND OF MOON

アニメ、漫画(たまにドラマや音楽)の感想・雑感を気の向くままに綴っています。
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No  116

映画【DEATH NOTE 後編】感想

deathno2.jpg
画像は後編のパンフレットの表紙。

≫公開後なので、ネタバレ考慮していません≪
しかも一発視聴の感想なので、見落としや勘違いがあるかもしれませんm(_ _)m

前編以上に後編は楽しめました!(前編の感想はコチラ

『衝撃の結末』まで、息をつかせぬほどの緊張感を保って始めから最後まで一気にいった、そんな感じでした。

後編は、
ミサがお台場のデッキ(と思われる)でADに襲われるところから始まります。
前編ではエンディングで流れたレッド・ホット・チリ・ペッパーズの【ダニー・カリフォルニア】がこの後編ではオープニングで流れ、前編が終わり数ヶ月の時間が嘘の様に自然に後編に入っていけました(「あれ、前編ってどんなだっけ?」と観客に言わせない、というか、記憶を呼び戻すのに効果的な演出)。

前編では月とLがご対面!という感じで終わり、いよいよ後編で月とLの頭脳バトルが見られる、という期待感一杯で後編となりました。
前編で映画オリキャラ、月の恋人(と思っていたのが詩織だけ、というのが哀しい・・・)・秋野詩織を使い(まさに「使用した」って感じ;)月がキラというか自分自身をとっ捕まえる本部に潜入する手段を得て、月はワタリに案内されます。
そこでチェスをしているL/竜崎に会います。
この時は月が「王手」を掛けるのですが、
これって「これから月とLのバトルが始まるぞ~~~!」
という演出のようで、上手い演出だと思いました。
なんかね、お互いの命を賭けるゲームの始まりの様にも取れるのですよ。

Lは月の事を「幼稚」で「負けず嫌い」と言っていて、自分の事もそう(負けず嫌いだということ)だから分る、と前編で言っていたと思います。
同類の勘、ってヤツですか。

デスノートを使い始めた当初の月は、
法では裁き切れない悪を粛清する為だったのですが、
その内自分が「新世界の神」になるという勘違いを起し、
自分の命を脅かす者には、
たとえそれが罪人でなくとも亡き者にする、
という「単なる殺人者」に変ってしまいました。


※「史上最悪の殺人兵器」※
Lがデスノートをそう呼びましたが、
「ただ書くだけで簡単に人を亡き者にできる」ものの存在は、
それを所有する者の理性を狂わせ、人格を奪う恐ろしい物でした。

デスノートを手にした見返りを、死神はノートの所有者に求めないが、 強いて言うのならそのノートを手にした者にのみ与えられる苦悩だと。
人の命を簡単に奪う事に、特に正義感あふれる者、否、理性を持っている者ならば抵抗を感じずにはいられない筈です。


※デスノートに一度書き込んだ者は変更できない※
Lはリュークに「おまえは使わないのか」と言われました。でもそのとき、Lは返事をしませんでした。
結論から言えば、L自身もまたデスノートを利用したって事ですね(ここが原作と大きく違うところです)。
ただし、月が「自分を新世界の神にする為」という身勝手さで使用するのと違い、Lは「キラは本当のところ誰であるか、また夜神月がキラである事をはっきりさせる為」に使ってしまったという訳です。
目的が違う。
ここが脚本の大石哲也さん、すごいです!
まず、本物のデスノートをLが先に入手して自分の名前を書いておく。
Lと月が二人きりのあの切迫した状態なら、月はLの本名を知り次第即座にLを消しにかかると思いますから、Lの本名を書き込む前にLの死を書いておけば、その後に書かれたものは無効となる訳ですね、う~~む、すごい!!!

実を言うと原作でLが月に殺された時、とても後味の悪いものを感じただけに、映画版には救われた様な気がしました。


※深読みだと思いますが・・・※
Lはデスノートを使用したら、
「使用した人間も自らの命を代償として」
と考えていた、と思ったら深読みでしょうか・・・
それにしても自分が死ぬのを23日後に設定。これがよく分からないのですが、2回観れば分るかな・・・


※the Last name とは誰の事か※
月がリュークによってデスノートに名前を書かれ、月は最期を遂げます。それは原作通り。
で、本当に最後に書かれた名前は月でしょうか。
last nameとは「姓」という意味でもあります(family name、surnameと同様)。
そして今回の後編のサブタイトル 『the Last name 』。
lastのLが大文字です。
そう、L=竜崎の事もひっかけているとは考えられないでしょうか。
私はこの「最後に書かれた名前」は「L」、竜崎と考えます。


原作との差別化をはかった事、これは映画スタッフの手腕がすごかったです!
原作とどう違うのかくらべてみるのも面白いかもしれません。
例えば、
第3のキラをヨツバではなく、原作では月のGF高田清美にした事や、
その高田は月とは無関係だった事。
原作でL亡き後にその遺志を継いだニアとメロは出さずに、
月とLとの決着に終始した事。
まぁ、Lがひょっとこのお面を被ったり、かなり板チョコを齧ったりしてニアとメロのアイテム(?)を出していましたが(笑)。

レムのCVに池端慎之介氏、ピーターです。
原作では「ミサを妹の様に見守る存在レム」とかコメントがなかったですか?
それが映画では中性的なイメージとなっていました。中性的と言ってもリュークが男性的であるのに対して「男臭さを感じない」程度の中性(笑)。
合っていましたね。


監督の金子修介さんが中学生を持つ親である、ということが安心でもありました。
単に息をもつかせぬ展開だけにこだわるものならば正直言って観なかったと思います。題材が人の命を扱うだけに。
子どもを持つ親ならば、死を扱うテーマは慎重に扱って欲しいと思う筈です、特に今の社会にもたらす影響を考えれば。
デスノートを使う人間が単なる快楽殺人を好む様な人に拾われてしまったら・・・と考えると恐ろしいです。
それを月や高田(多分映画でも高田は才女なのでしょう)の様にIQが高い人物が使う事により理性が欲望に負け自己破壊していく様が、今の日本の歪んだ社会や世の中の矛盾を見させられている様で、作品として面白いけれど、何か後味の悪さを残します。

月の父が、法は完全ではない人間が作ったものだから、完璧ではない。
そんな様な事を言っていました。
人間は完璧じゃないから、
完璧じゃない者が自分のモノサシで人をはかり、自分にとって価値があるとかないとか判断できないのだと。

世の中の矛盾、傲慢、利己主義・・・およそ希望となる様な要素がありませんでした。
ただ、
自分の親を知らないLが、最期に月の父・夜神総一郎に敬意を抱いていた事を知ったのが救いです。
大量殺人犯である月を家族に持つ夜神家のその後の事は詳細に語られていませんが、
自慢の息子が転じて犯罪者になるとは総一郎も母の幸子も想像できなかったでしょう。

なんか、つくづく凡人でよかった、
というか、
平凡な人生を送るのが困難な世の中になってしまったと、
この映画を観て変に納得してしまったのでした。

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