WIND OF MOON

アニメ、漫画(たまにドラマや音楽)の感想・雑感を気の向くままに綴っています。
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No  321

アニメ【NARUTO】395話感想

■395話「木ノ葉の英雄」2010年8月26日放送
脚本/宮田由佳 絵コンテ・演出/木村寛 作画監督/徳倉栄一 総作画監督/徳田夢之介

今回、大きく分けると言いたい事は二つ。

1.自分を『信じられた者』と『信じられなくなった者』の対比。

それにしても長門の人生とはなんと悲しいものだったのだろう。
彼の存在理由がナルトに戦争とはどんな痛みを伴うものなのか教える為だけに生まれて来たとしたら…
「オレのしていた事は間違っていた。これからはナルトと一緒に人道的に平和な世界を目指す」
なんて言えないから。

一度死んだものを蘇らせる話は禁じ手かもしれないですが、何故そういう展開をあえてしたのか分かります。

話だけでは戦争の痛みをナルトが理解できる訳ではないからです。
同じ痛みを味わわずして長門の事は理解できなかったから。
だからあえて一旦殺したのでしょう。尤も木ノ葉を襲った時は後で蘇生しようなどど長門は考えてはいなかったのですが。
長門は性根まで腐っていた訳ではなく、最後には自分の命と引き換えに里へ襲来した以降に奪った命は蘇生しました。
長門にそうさせたのはナルトですが、自来也の償いの行為も長門の心に作用したのですね。
あの痩せさらばえた姿から、そう命は長くはなさそうでしたが、彼の命がマダラに利用されて終わるのではなく、ナルトに希望を託して尽きたのがせめてもの救いだったかな…


2.ナルトの成長。
火影になるという夢を持ち続け、自分の存在価値を認めさせた事。

そのうち、自分の存在価値を周囲に認めさせたいという目標は達成されました。
イタズラをしてではなく、実力で。
もう無試験でナルトを火影候補にしてやっていいと思うケド…

ナルトは英雄であり、里の皆の命の恩人です。


弥彦と長門を亡くした小南の身の振り方が気になりますが、「私達雨隠れは」と言っていたので雨隠れの里へ帰るのでしょうね。
元々ペインの代弁者だし、暁の構成員だという事までは里の者は知らないだろうし、彼女の居場所は残されていそうです。そして長門が託した夢をナルトが実現させる事ができるのか、彼女はそれを見届ける生き証人となるという新たな役割ができました。
余談ですが、
彼女は自分の人生を弥彦や長門に委ねていた訳ではなく、夢を一緒に追っていたんです。
多くは語られていないですが、弥彦や長門に依存しているのではないと感じさせるところに好感が持てます。
暁の紅一点なので、別に男性に庇護されずとも強い筈でしょうしね!


何度目かの区切りの、感動の回でした。




●いつ来るか分からない息子を成仏せずに待っていたのでしょうか、サクモさん。
奥さんにも会わないで…(泣)。

『カカシにおんぶされるナルトの図』、『ガイにおんぶされるカカシの図』よりは萌えますか?(笑)

●げんこつで迎えるサクラ(^^;)。彼女らしい愛情表現だ(サスケにはげんこつはしないだろうよ)。
ナルヒナ派としては、ここはヒナタちゃんをもっと積極的にさせてあげたかった(無理か…)。まぁそこが彼女の奥ゆかしいところなんでしょうねvv

●遠巻きに見守るナルトの同期や、イルカ先生、エビス先生、木ノ葉丸。
一歩下がって見守るあたり、ナルトがちょっと遠い存在に思えます。偉くなっちゃった、って意味で。

次回、新米教師イルカ先生のお話ですvv
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No  320

アニメ【NARUTO】394話感想

■394話「うずまきナルト物語」2010年8月19日放送
脚本/鈴木やすゆき 絵コンテ/浪速勉 演出/岸川寛良 作画監督/容洪 総作画監督/徳田夢之介

自来也を師とする兄弟子・長門と弟弟子・ナルトの邂逅。

自来也が弟子に託したのは、真の意味で他者と理解し合い、平和な世界を築く事。
それを単なる理想(長門は『戯言』と言ったが)とするのか、それとも実現させるのか。

同じ理想の下、それぞれの道を歩き始めた二人だったのに、長門は恐怖による抑制力で戦争をなくそうとしている(その思想は以前自来也に会った時にペインが言っていました)。
でも恐怖による抑止はみせかけの平和であり、分かり合うには程遠い。

希望であった弥彦が死に、代わりに長門がリーダーとなっても、死者は出続けた。
小南も、実力も地位もかなりの力を持つ忍として成長したので、最早彼女を守る事だけが長門の目的ではなくなったのでしょう。
かつて弥彦を殺す様に仕向けた半蔵をペインは倒し、雨隠れの里長となっても暁の構成員でもある。
雨隠れは貧しい小国だからかもしれません(いつも雨が降っているので、作物も育たないのかも)。

ペインが里長となって随分と里も変わった様ですが、長門は里長になるだけでは満足できなかったのですね。
ペインが雨隠れの長となってからなのか、それともそれ以前なのか、マダラが接触してきただろうと想像します。もしかしたらマダラは水影として、里長同士の接触を求めていたのかもしれないです(マダラは『月の眼計画』の為に言葉巧みに長門を丸め込んだ可能性があるのではと思っています)。

ナルトは長門の話を最後まで聞きましたが、結局ペインのやった事は許せないし憎しみは消えません。
長門はナルトが仇討ちをすると言うのならば、それはナルトの正義なので否定はしません。
それで決着をつけたいのならば構わないと。
でもナルトは長門を殺さないという決断をしました。

長門も自来也を師と仰いでいた時は強く平和を願っていました。
平和の方法は分からなくても、いつか平和を掴み取れると信じる心が大切なんだと。
でも沢山の人が死に、その度に非力さを知り、自分に自信が持てなくなったのでしょうね。術の能力ではなく、自分が平和な世にする自信が。

長門は両親から愛されていた様でしたが、その両親が殺され、孤児となって出会った弥彦も殺されました。
彼は『失った絆』が多い。

かつてサスケが、家族が元々いないナルトにサスケの気持ちは分からないと言っていた事が思い出されます。
天涯孤独のナルトはゼロから『絆を作っていった』ので、そこがまず長門と違う。

ナルトにも痛みはある。
①仲間であるサスケを止められなかった。
②九尾化でサクラを無意識ながら傷付けた。
③自来也の死
④九尾の器である為差別され、器である事から逃れられない。
そして世を平和にする為に火影になることが、今後どれだけ困難を要し他者の痛みをも抱えて生きて行かねばならないかと思うと、それは荊の道以外の何物でもない気がします。

困難と痛みが伴うと分かっていても決して諦めず、自分を見失わないと言い切れる自信。
この強い意志が長門に初心を思い出させたのです。

理想を実現する事の困難さを知った時、無理だと諦める自分を正当化しがち。
所詮無理だと決めつけて、それでもがんばろうとする者を『馬鹿呼ばわり』する。

かつて三代目が死に、五代目にと要請された綱手も三代目を蔑みました。昔火影を目指した弟と恋人を失った事が大きかったからでしたが。
でもナルトの諦めないド根性が彼女の心を以前のものに戻した。
今や風影となった我愛羅も。
風の相談役チヨも。
誰でも自分に自信を持ち続け、理想を実現したいと思っている。その心をナルトは呼び覚ます不思議な力を持っている。
そして今度は長門が忘れていた初心を思い出し、ナルトに平和な未来を託したのです。

ナルトのド根性は天性による所が大きいのでしょうが、正しい志を持たせた自来也の存在を忘れてはならないのです。

人は孤独には耐えられないから、自分を認めてくれる人がたとえ悪しき心を持っていても、その人の力になりたいと言ったのは白ではなかったでしょうか。
その事を考えると、ナルトは自来也が師匠で本当に良かった気がします。


それにしても

●主人公の名はメンマとかチャーシューの可能性もあったってわけですね(チャーシューは無ぇだろ;)

●オレにも痛みはあると言ってナルトの回想が始まったけれど、終末の谷でナルトが気絶している間の記憶は無いでしょ?

●同じく、九尾化しているとき、サクラを攻撃した記憶は無いでしょ?

●「オレが諦めるのを諦めろ」と、何度も倒される謎忍(^^;)

●自来也はエロ小説ばっか書いていた訳ではありません!

●長門に自来也の事を話す時、『エロ仙人』で通すナルト(^^;)。

         「エロ仙人って誰?」

って訊かなくていいのか、長門、小南?!
(つか、ここはシリアスな場面だから、突っ込みはナシで(^^;))


今回の作画、綺麗でした♪
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No  319

アニメ【NARUTO】393話感想

■393話「ペイン誕生」2010年8月12日放送
脚本/彦久保雅博 絵コンテ・演出/熊谷雅晃 作画監督/河合滋樹

命懸けでやっと三忍を見つけ出したものの、大蛇丸の言葉が突き刺さります。
「殺す?この子達」
戦争孤児の惨状を目の当たりにしてきた大蛇丸だからこその本音なんでしょうが…

長門の家に侵入したのが三忍だったら一般人と忍を間違えたりしなかっただろう、なんて考えてみる。
長門の両親を殺し、痛みを負わせたのが木ノ葉の忍なら、彼に痛みを乗り越える術を与えたのも木ノ葉の忍(自来也)。
生かすのならば、生き地獄をさまようだけの、力を持たない子どもで終わらぬ様にしてやりたい。
その為に忍術を教え自立させる事が、戦争で犠牲となった長門らへのせめてもの罪滅ぼしだと自来也は考たのでしょう。
正しい方向へ導く自来也の教えは里を問いません。
いつの間にか長門は自来也を認め、心に変化が訪れました。
また、自来也の方も弥彦ら三人に修行をつけていく内に、六道仙人と同じ輪廻眼を持つ長門に仙人の生まれ変わりを感じたのです。

仙人の説く忍宗は時を経て忍術と呼ばれるようになったが、元々忍術は武力ではなく人々を平和に導く為の教えだった。
それを踏襲して自来也が彼らから去った後には、極力武力に頼らない平和を構築しようという考えの下、多くの賛同者が集まって弥彦をリーダーとした組織が結成された。
まだ出来たばかりでも勢いのある彼らの存在を里長の半蔵は無視できなくなった。そこで協定を結ぶ事になったけれど、それは罠だったいう悲劇。
自分を脅かす存在を排除する、というのが半蔵の本心だった。
その為に敵国であるダンゾウすら味方につけるという手段は、驚きをもって長門らの純真な心を十二分に蹂躙したのでしょう。

両親の死で心の痛みを知り、独りになった長門を救った弥彦と小南を守る事が長門の『答え』。
人を傷付けたり殺しは嫌だけれど、二人を守る為ならば長門の行動は正当化される、という事でしょうか。
弥彦の希望を叶える事が、『長門の希望』だった。
しかし簡単に半蔵を信じてしまった事で小南は捕えられ、解放するには弥彦を殺せという無理な二者択一を長門は迫られます。
その難題に長門は喘ぎ、逡巡します。
でも弥彦の決断は早かった。
長門の握ったクナイの切っ先へ向かって死んだのです。長門と小南を救う為に。

希望である弥彦が死んだ。

修行をつけて強くなったと思っていたのに、長門の死によって無残に打ち砕かれた瞬間でした。
長門は弥彦を守れなかった。
自分をクソ以下と評価して、悲しみと怒りを露わにする長門は凄まじいまでの力を発揮して半蔵へ攻撃を開始します。
結局半蔵を追い詰めたのに瞬身の術で逃げられてしまい、この時には決着はつかなかったのですが。

最初から弥彦らを殺すつもりだった半蔵。
半蔵にとっての危険分子は、芽がまだ若い内から摘んでしまおうという考えからして、里長なのに反感を持つものが少なくなかったいう以前のエピソードが思い浮かびます。

弥彦の死、里長から殺されかけて、額当てに抜け忍の印を刻む長門に、区切りと決心が感じられました。

二つ目の、長門の大きな痛みの話でした。



●出だしの泡にも見える雨粒を見て、「あれ、ウタカタの章、続いていたっけ?」(違)

●「これお礼よ」と、小南が差し出した紙の花、アニメでは端折られていてよく分からない(^^;)。

●外道魔像から飛び出したのは猛毒は出ない『ヒドラ』だったんだ!(嘘)>ワンピのマゼランかいッ!?

●外道魔像に突き刺されると、一気に痩せるらしい。ウルトラ・ダイエットか?!



♪今回の『おまけコーナー』♪
いのの父いのいち、シカマルの父シカク、チョウジの父チョウザのスリー・アミーゴズ(笑)。
このスリー・マンセルは代々受け継がれていくんですかね?
フォーメーション「いのしかチョウ」を決める親父ーズ。
「決まったな」
ポーズを決めた後、再びゆっくりと腰を下ろす彼ら(笑)。
しかし、親子して影が薄いシビとシノがお気の毒。

「仲間を忘れるなんて、老化の始まりだぞ」    ←に笑った!!!
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No  318

アニメ【NARUTO】392話感想

■392話「出逢い」2010年8月5日放送
脚本/吉田伸 絵コンテ/高橋滋春 演出/岡尾貴洋 作画監督/相坂ナオキ 総作画監督/徳田夢之介

自分の『答え』を、ペイン本体の長門に話を聞いてから出す事にしたナルト。
時間の無駄だと言う小南を遮る長門は、ナルトの『憎しみを終わらせる答え』を知りたかったので攻撃を中断しました。
それに、ペイン六道を倒したナルトは、相当強いから。

長門の大きな痛みは二つある。

そのひとつである両親の死が、今回語られました。

戦争の前線にまだ一般人なのに残っていた長門の一家。
この頃の雨隠れは、小国だった為に国全体に安全な場所がなかったのか、
それとも長門の家族に頼れる縁戚や知り合いがなかったのか。
いずれにせよ逃げ遅れてしまい、そこへ敵国である木ノ葉の忍が侵入し、忍と勘違いされて両親は殺されてしまった。
木ノ葉の忍は、まさかまだ一般人が居るとは思っていなかったので、人の気配を感じただけで敵の忍と思い込んでしまったのですが、それが誤認であろうとなかろうと、長門にとっては敵に両親を殺された事には変わりはない。
両親を殺された直後に木ノ葉の忍は謝りましたが、謝って済む事ではないし、謝られても両親は帰って来ません。
長門の両親は輪廻眼ではない様な描かれ方でしたが、悲しみと怒りを機にこの時長門は開眼した様です。

その後、幼くして親を失い、孤児となった子ども達の悲惨さが淡々と語られていきます。
『淡々と』と表記したのは【火垂るの墓】の様な、観ている者が感情移入するタイプのお話と比べると、という意味で。

悲惨さを伝えながらも、私が涙無く見られたのは、弥彦が希望を持って逞しく生きようとする姿が客観的に描かれていたから。

盗みを働き、それが良くない事だと分かっていても、戦争孤児の彼らが生きていくには仕方の無い事。
勿論、戦時下で物資がないのに盗みを働かれては商売する方もたまったものではないので、見つかった彼らには報復が待っていました。この辺り、さらりと描きつつも【NARUTO】もいくら身寄りのない子どもが生きて行く為仕方がない事であっても、盗みを容認してはいないのです。
でも、夢を実現させる為、伝説の三忍に弟子入りする新たな目標を持った彼らは、旅立つ時に今まで盗んだ店の主人に品物を渡します。それもどこで調達したのか分かりませんが、それは礼でもあり、詫びでもありました。

弥彦らの三忍探しは困難を極めましたが、決して諦めない姿勢はどこかしらナルトと重なります。

このままのたれ死んでしまったら生んでくれた両親が浮かばれない、という弥彦のセリフに説得力があるのは、原作者が人の親になったからこそ。勿論親に感謝する気持ちは親になっていない人が言っても伝わりますが、親になったからこそ分かり、説得力もあるのだと思います。

最も危険な最前線で戦っていても、三忍の屍がないことから彼らが強いと判断する弥彦はかなり頭がいいと思います。
同じ里の長の半蔵ではなく、敵国の忍である三忍に弟子入りしようとする弥彦には、半蔵の政策が気に入らないのと同時に、自分が強くなる為にならたとえ敵であろうと教えを学びたいという貪欲さも窺えます。


●あんな巨大なガマオヤビンの世話は、ご老体のガマ仙人には大変だったでしょう(^^;)。

●で、さっそく酒を飲むガマブン太。体内アルコール消毒ってか。
酒瓶も巨大なんだろうなぁ。

●少年時代の弥彦のCVが トビ だった~~~!?
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No  317

劇場版NARUTO【疾風伝 ザ・ロストタワー】【そよ風伝 ナルトと魔神と3つのお願いだってばよ!!】

公開中の映画なので、ネタばれなどの配慮はしていません


【劇場版NARUTO疾風伝 ザ・ロストタワー】
脚本/武上純希 監督/むらた雅彦

「一緒に戦ってくれないか、ナルト」

予告の四代目のこのセリフに釣られた様なモンです、今回の劇場版(まぁ四代目が出なくても観に行きますけどねvv)。

原作でもアニメでも、四代目を出しているのでこの夏は四代目祭り(笑)!

四代目がナルトの父だと知った時には驚いたものですが、つい先日、アニメで父子の対面が叶った時、やはりナルトの意識の中ではなく、生きたミナトとナルトを対面させてあげたいな、と思っていたので、望みが叶いました。

死や命の重みをきちんと捉えている【NARUTO】なので、ただ時空を超えてミナトが生きていた時代へナルトを飛ばすパラレルな内容にしなかったのが良かったです。
過去を操作してしまったら未来が変わってしまう。
その辺りは見ていて【バック・トゥ・ザ・フューチャー】を思い出したのですが、ナルトが自分の世界へ戻る時、ミナトがナルトの過去を消した所が、切ないけれど英断だと思いました。

時間軸としては、
自来也がペインに殺されてしまった後で、20年ほど過去へ遡った話。

視聴者は(つか、私は)四代目がナルトの父である事を知っているので、作中のどこかでこのことが明かされるのではないか、と思いながら見ていたのですが、過去を変えたら未来が変わってしまう事を考えたら明かされる筈はないですね。
ただ、ナルトはミナトを『四代目の顔岩にそっくりなアンちゃん』だと思っているのに対し、ミナトはナルトを認識していました。
別れ際に、声には出していなかったですが、四代目は確かに『ナルト』と呼び掛けていた!
もう、感動モンです!!!

あちこちに散りばめられた、本編とリンクするエピソードに胸が一杯になりました。
自来也も四代目も、もういないけれど…

四代目が開発した螺旋丸を自来也が会得。その後、四代目は他者に螺旋丸を教えていなかった様ですが、ナルトが螺旋丸を発動するのを見た時、自来也が伝えたのだとミナトは気付いた様です。
絆は繋がっていたんですね(涙)。
自来也の小説の登場人物の名前から、ミナトは子どもにナルトと名付けたと言っていますが、この任務の時はまだナルトは影も形もなかったので、後に小説を読んで登場人物にその名を見つけてあっと思ったかもしれませんね(^_-)-☆

ミナトのCVの森川智之さんが「父親としてのミナトと、木ノ葉の忍としてのミナト。優しさと強さのバランスを大切にした」と語っているのですが、このお話でのミナトはその通りで、ナルトを労わる優しさと、忍として信頼しているからこそ一見突き離した様に見える行動と。

気になっていた『仔カカシ』は、『戦場のボーイズ・ライフ』のはじめの頃の、ちょっと融通が利かない(信念を曲げない)頃と同じもので、ナルトと同じく時空に飛ばされたヤマトが小突くシーンに苦笑。
そしてそのヤマトが会えて光栄だとミナトに話すシーン。
ヤマトでなくても木ノ葉の忍なら、皆ミナトにそう言う筈!

●ミナトはチョウジの父・チョウザと、シノの父のシビと、一緒の班としてスリー・マンセルを組んでいたのでしょうか。
暗部とは違うお面がちょっと気になったり。

●カラクリは土偶型機動戦士(笑)

●♪荒城の月♪の様な…
ニューヨークの摩天楼もビックリな楼蘭の街。しかしそれも今は昔。

●ナルトが過去で戦った時間は、現世では一瞬だった。

余談ですが、
カカシの神威が異次元に飛ばせるのは、四代目の影響と、四代目の死(それからもしかしたらリンをも)を目撃したという事からですかね???

最後にひとつ、ツッコミたい事が。


冒頭のミナトのセリフ
   劇中には出て来なかったじゃんよ!!!



あ~もう一回見たいvvvv



【劇場版NARUTOそよ風伝 ナルトと魔神と3つのお願いだってばよ!!】
監督・脚本・絵コンテ・演出/池端隆史

短編が同時上映されるのは第1作目以来で2度目。

ナルトの同期生勢揃いがなんとも懐かしく楽しくて、ホッとします(疾風伝がシリアスだから余計に)。

サスケがナルトやサクラやカカシと焼き肉を食べている姿は、今や復讐の鬼と化してしまった彼と同一人物かと思えるほどのギャップ。

ああ、犬っころがじゃれあう様なほのぼのとした時もあったよなぁ…なんて、感慨深くしみじみと…思わなくていい!
ここはただただドタバタを楽しめ!!!

【こちら亀有公園前派出所】の様に、せっかくのチャンスが結局モノにはならなかった、というオチ。
キャイ~ンの天野クンが健闘していて、ファン・ブック【皆の書】での天野クンのメッセージからしても、彼が【NARUTO】のファンだって事は分かる♪ どうせアフレコやってもらうのなら、作品を全然知らないタレントなんかより天野クンの様に作品のファンだという人に関わってもらいたい。
今回良かったし、違和感は全くナシ(^_-)-☆
劇場へ見に来ていたお子様達が終始ゲラゲラと声をあげて笑っていたので、ウケは良かったと思います(^^)


8月でアニメのペイン編は終わり、何故か少年編の思い出を振り返るオリジナル・ストーリーになるらしく、疾風伝好きの私としては先が気になるのですが、アニメの感想はこれからも書いていきます。
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