WIND OF MOON

アニメ、漫画(たまにドラマや音楽)の感想・雑感を気の向くままに綴っています。
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No  258

アニメ【NARUTO】感想

■335話「再不斬の大刀」2009年6月25日放送
脚本/吉田伸 絵コンテ/サトウシンジ 作画監督/大坪幸麿 演出/渡部周 演出助手/久城りおん

久しぶりだなぁ、久城&大坪コンビ。

大蛇丸を倒し、自分の目的遂行の為、小隊を組むことにしたサスケ。
まずは手始め、水月。
水の中に体を溶け込ませているのに話す事ができるのが不思議。

再不斬の大刀は忍刀七人衆に代々受け継がれていく物で、水月の憧れだったらしい。
その憧れの対象は七人衆ではなく、刀そのものだった訳ですが、そんなところがアニメ・オリジナルからうかがえます。
原作ではサスケが水月を助けて、さっさと再不斬の墓に長年放置されていた大刀を取っていくだけですが、そのあたりを原作に付け足ししています。
単なる時間稼ぎかと思いきや、サスケが水月の能力をはかったり、タズナとイナリが留守している(原作№451で二人は木ノ葉復興に手助けに来ている)のにリンクさせたり…これは偶然かもしれないですけれど。

●刀で切られたくらいでは死なない水月。飛段よりも不死身度が高いかも?

●水月を助けたシーンが原作よりも短いと感じたのは気のせい?またしてもオトメの欲望を踏みにじるのか?
何の因縁か、原作ではこの直後、『おいろけ・男の子どうしの術』だったんだよ!?
もう一度、きちんとやってくれないかなぁ。

●再度波の国が舞台でゾウリも出た、チョイ役だけれど。てか、ゾウリって忘れていた(^^;)。

●丸腰でも水月強ェ!!!
忍術創案さんの考えたものか、水月の技で滴の様なものが降り注ぐヤツ。まるで銃弾みたい。背景が黒いのでどうやって発動するのかは分らないです。原作では水月が大刀を振り回す以外の能力は見ていないので、再不斬の大刀を手に入れるまでの丸腰の間の戦い方の描写としては、これが表現できる最良の演出なんでしょうね。

●サスケも人が悪い
水月の能力を買っての人選の筈なのに、水月をはかろうなんて!(時間稼ぎするとこういう矛盾も出てきちゃうって事ですか)
しかも天善に仕掛けたのは水月と嘘を吐いているし(^^;)

まぁ水月もサスケに最初から忠誠を誓う、という趣旨で付いて来た訳でもないのでそのあたりはお互い様、という事なんでしょうか。
でも、一斉に武器攻撃がなされた時、火遁豪火球の術でサスケが一掃したので、もしもの際には助太刀するつもりだったかもしれません。

●お茶屋でのサスケのモテっぷり!
サスケの影のある美貌は若い娘を釘付け。
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No  257

アニメ【NARUTO】感想

いつもの感想の前に…
ダンゾウって右目包帯しているよね?
で、ほとんど目を閉じたままだよね?
もしかして、マダラと関係があるんじゃないか?



■334話「鷹の瞳」2009年6月18日放送
脚本/彦久保雅博 絵コンテ/安美鈴 演出/木村寛 作画監督/徳倉栄一

前回の『大蛇の瞳孔』が大蛇丸のサスケ乗っ取り前、今回の『鷹の瞳』はサスケが大蛇丸を乗っ取ったという話。
大蛇丸の生への執着と、いかにして利己的になったかを原作を補う形でアニメ化。
【NARUTO】はこうやってアニメを見ていると、原作で結構行間と行間の隙間がある作品なのだな、と思います。
行間を埋める作業は同人の楽しみでもあるのだけれど(この場合、広義の意味合いでの同人)、こうやって原作を崩さずに詳細な描写で作られると、本当に【NARUTO】はアニメスタッフに大切に扱われているのだなぁ、と思います。

綱手の弟・縄樹の戦死に大蛇丸が居合わせていたというエピソードを加え、続いて綱手の最愛の男・ダンの戦死を見て、いかに人間は肉体的に脆弱であるかを認識した大蛇丸。
元々頭の回転が速く忍としての才能もあった為、肉体の脆さと生命が有限であるということが痛いほどに分かってしまった。『死ねば全てを失ってしまう』と。
だからこそ、禁術の凄さが理解できたのでしょうし。
全ての術を会得する才能が自分にあることを大蛇丸は自負している。
火影が里の忍の頂点であっても寿命に限りがあるのは他の忍と変わらない。
大蛇丸が目指したのは五影の一人としての地位ではなく、全ての術を極めた者として頂点に立つこと。不老不死はそれに付随したものなのだと思います。
里を優先する師・三代目も同じ釜の飯を食った自来也も、『この世を解き明かす者、全てを手にする者』をおのれの『理』として掲げる大蛇丸には同志ではない。
それ以降、大蛇丸は木ノ葉の所属ではなく、自身の体でさえもその精神の器ではないと思い始め、『組織だろうと何だろうと利用し』て、彼は自分の研究を続けるべく抜忍となった、というアニメでの描写でした。

なるほどね。

しかし、器と居場所(笑)を転々として研究を続けながら、どうしても術の開発では会得できないものがありました。
それが、血継限界―写輪眼です。
大蛇丸自身も『血を超える事はできない』と語っています。

何故、大蛇丸は死の森でサスケに呪印を施したのか。
それはまだほんの少年だった頃のイタチの修行を垣間見て、その能力の素晴らしさに心酔してしまったから―というのは、動機としてとても頷けるものでした(これもアニメでのエピソードです)。
見切る力、幻想を見せる力。
どちらも強力な攻守兼ね備えた力。

抜忍となった大蛇丸は暁でイタチと再会しました(今回アニメで、イタチの方が大蛇丸よりも後にメンバーとなっています。原作では不明)。
そこで写輪眼を手に入れるべく、イタチと二人きりになる機会を狙って襲ったのですが、失敗に終わっています。
そこで諦めるのではなく、写輪眼を更に欲していったのだという事が分りました。

それと、アニメで認識したのですが、
呪印とは、『肉体活性術』なんですね(^^;)。
余談ですが、綱手の『創造再生』も肉体活性術の一つなんでしょう。だから三竦の戦いの時、大蛇丸が綱手に「アナタも独自の術をあみだしたのね」とか何とか言っていたんだな。よく原作とリンクさせたものですね、今回の脚本。

●アンコが放ったクナイに刺された白蛇。
蛇って死んでもカマをもたげたままなの?

●白い蛇って幸運をもたらす、って言うけれど…アンコにとってはトラウマなのかな?
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No  256

アニメ【NARUTO】感想

■333話「大蛇の瞳孔」2009年6月11日放送
脚本/彦久保雅博 絵コンテ/にいどめとしや 演出/松本マサユキ 作画監督/浅井聖子 Heo,Hye-jung

中忍試験から3年。
木ノ葉にとってもサスケにとっても激動の3年間でした。

アニメでは三尾の出現から捕獲までを時間をかけて描写したので、原作へ戻る今回は復習も兼ねて(^^;)過去のエピソードを散りばめてありました。アスマが亡くなって彼の葬儀のシーンで一旦原作のアニメ化は止まっていたので、約半年ぶり(!)の原作ストーリー再開になる訳です。

大蛇丸に出会った当初、殺意に怯えた下忍サスケは今では師である大蛇丸を脅かすまでに成長しました。
中忍試験で初めて登場した大蛇丸は、自分の転生の器を値踏みする為にサスケの前に現れたのですが、それは写輪眼を手に入れる為。
転生の器は誰でも良かった訳ではありません。

何度目かの転生を控え、当時最も写輪眼を開花させていたイタチは手に入らなかった。だからもう一人の写輪眼の正統な後継者で、手に入りそうなサスケに目をつけました。そして、文字通り大蛇丸の所有の証なる呪印を施しましたが、ただ印をつけただけでは十分ではなく、呪印の能力を引き出し、時には撥ね除ける意志を持ちコントロールできる力を持つ者を必要としていました。中忍試験でヨロイと対決したサスケの戦いぶりと窮地に陥った状態で、未完成な写輪眼を使いこなすサスケに惚れ込んだ大蛇丸は、サスケを次の器と決定しましたが、その時は大蛇丸はその場を去りました。
何故なら中忍試験の時にサスケを奪わずとも、近いうちにサスケ自ら大蛇丸の力を求めてやって来ると確信していたからです。
そして大蛇丸の目論見通り、サスケはやって来ました。

しかし、転生を直前にして、大蛇丸はサスケに命を狙われます。
これはかりそめの師弟関係だとしても、大蛇丸には痛かった筈。
乗っ取る筈の器に大蛇丸が襲われたのですから。
多分、それまでは一番サスケの動向を分っていたのは大蛇丸だったでしょう。サスケのイタチへの執着を考えたらサスケは木ノ葉には居られなくなり、そうなれば里の外の者でサスケに力を与えてくれそうなのは当時大蛇丸以外には想像がつかなかったでしょうから。
『私以上に彼を育てられる者はいない。彼の心の闇を理解する私以外に』
この言葉からも、大蛇丸の彼の理解の度合いが感じられます。

血継限界である写輪眼は子孫か移殖しないと手に入らない。移殖できたとしても、カカシは純粋な後継者では無い為、見切れないものもあるし体力的にもバテてしまう。それが体ごと手に入るのだから、大蛇丸には今の痛みなどどうと言う事はないと思ったのですね。
しかし、転生を目前に控え、病床の大蛇丸にサスケが容赦なく襲い掛かりました。
何故なら、もう大蛇丸から教わる事は何もなく、体をくれてやる必要は無くなったから。
大蛇丸もサスケの逆襲があると薄々予想はしていました。だから『そう来た』と。

終末の谷でナルトと決別したサスケは、復讐の為なら体を差し出す事など厭わない覚悟で大蛇丸の元へ来たのですが、3年の間にサスケは成長し大蛇丸を取り込む事を考える様になったという訳ですね。

『全ては目的の為、否、目的に立ちはだかる闇を打ち消す為』と大蛇丸は言っていましたが、
≪目的≫全ての術を会得する事と、それを果す為の長い年月を生き長らえる寿命を手に入れる為の不老不死の研究。
≪闇≫サスケの裏切り

≪大蛇丸の非情≫不老不死を手に入れ、全ての術を手に入れる為なら人の感情を捨てる事。
≪サスケの非情≫兄イタチへの復讐の為なら繋がりを断ち切る事。

師とはいえ、サスケには大蛇丸に対して尊敬の念は感じられません。なのであまり私にはサスケが大蛇丸を裏切ったという感じはない。
サスケが非情になったのは木ノ葉の人間に対してで、とりわけナルトに対してでしょう。
『何かを得る為には何かを捨てなければならない』という多由也の言葉から分る様に、木ノ葉でナルトらと友情を育み生きるのか、それともイタチへの復讐を遂行するのか、の取捨選択をサスケは強いられました。
ナルトを友と認めたサスケにとっては辛い選択だったと思います。
サスケが自我を保つ為にも、彼は更に強くなるしかなかった。
そこまでは大蛇丸が願った通りの展開だったでしょう。
しかし、目に付けた時は小さなひよっこだったサスケは大きな羽を持つ猛禽になってしまった。
その辺り、冒頭から出てきたイタチの親子、それを狙う蛇、その蛇を捕まえ大空高く飛び立った鷹(多分)の演出に象徴されていたと思います。

自分の目的の為には手段を選ばない大蛇丸VS復讐者サスケ。
自分の理の為に人の命を弄ぶ大蛇丸に、サスケは自分の器を図る為だけに里を殲滅したイタチと重なり合わせ嫌悪感を露わにします。隙があれば大蛇丸を乗っ取ろうと画策していたのですね。考えてみれば、サスケに転生してしまえば大蛇丸はイタチに用はないでしょうし、こういう展開は必至だった気がして来ました。

●冒頭の『10周年』にこの作品をアニメでも盛り上げよう、という意気込みが感じられて◎
『木の葉隠れの~』の後は何?

●三尾を何者かに捕られてイラ立つ綱手。苛立ちの表現に爪を噛ませたんだろうけれど、綺麗にネイルを塗っている綱手は爪なんて噛まないんじゃないの?

●サスケの殺気に何故気付かない、カブト!
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No  255

アニメ【NARUTO】感想

■332話「帰るべき場所」2009年6月4日放送
脚本/宮田由佳 武上純希 絵コンテ・演出/高橋滋春 作画監督/小林ゆかり 原画作画監督/清水恵蔵

半年間(!)に及ぶ三尾捕獲話もこれで終結。
結局、原作通りデイダラとトビの暁に三尾は捕獲されてしまう。

アニメで、三尾を巡って大蛇丸側とそれを阻止する木ノ葉が戦い、あまりの長期戦(というか、長きに渡るオリジナル話)に『綱手の下した任務』を忘れてしまったというテイタラク(^^;)。

三尾を捕獲できずとも、木ノ葉に封印されるのは阻止したいカブト。
しかし最後の切り札の麟児を出すも失敗。
紅蓮を失った(正しくは『かもしれない』)悲しみで、持てる力を出し切ってしまった幽鬼丸。
紅蓮は麟児と海へ沈み、残された幽鬼丸はナルト達木ノ葉へ保護された。
三尾は最終的には暁へ取られてしまうのは分かっているので、もう私の興味はアニメ・オリジナルの紅蓮と幽鬼丸をどういう風に収拾させるか、に絞られていました。

●ワンピの電話が電電虫ならNARUTOではなめくじデスカー!(うへぇ;)

●どこへ行ったか分からなかった牛頭が最後に出てきたのにはオドロイタ!
しかも、紅蓮を蘇生させる能力まで持っていたとは\(◎o◎)/!


力を出し尽くした幽鬼丸は、もう三尾をコントロールする力を再び使う事はできない。
それはヒナタの白眼やシズネの診察で確証済み。
夜中に幽鬼丸が寝床を抜け出し、ナルトが追いかけた事に気が付いたカカシもヤマトも、
もはや幽鬼丸が木ノ葉の脅威になる事もなければ、大蛇丸側も必要としない事が分かっていたのであえて探さなかったのです。
紅蓮を大蛇丸の手下だと考えていた頃のナルトは、幽鬼丸を木ノ葉で保護しようと考えていましたが、紅蓮の幽鬼丸を思う気持ちが本物であり、また幽鬼丸も紅蓮を拠り所とし、紅蓮の命のバロメーター(笑)である椿の結晶のヒビが消えたのを確認し、幽鬼丸を追うのを止めました。
翌朝、幽鬼丸が居ないのを心配し、キバがナルトを責めました。
カカシもヤマトも、そしてナルトですら幽鬼丸の行方不明に対していつになくあっさりしているのを最初は違和感を感じたのですが、幽鬼丸の行きたいようにさせる事が彼の幸せだと判断し、シノの「もはや脅威ではない」という言葉で皆を納得させたのでしょう(無理矢理)。
大蛇丸のセリフ「捨て置きなさい」は、彼らが解放された事を意味します。
彼らの自由獲得の瞬間でした。


ところで、
何故大蛇丸が三尾を欲していたのか分かりました!
暁を揺さぶる為の道具にしたかったのですね。
三尾を人柱力に入れる為じゃなかったのね。

もう一つ分かった事は、
霧が出ると三尾が出現するのではなく、三尾が霧を発生させていた、って事。


それにしても、
大蛇丸ってつくづく人非人だ。
紅蓮を「あの程度の者ならいくらでも替えがきく」ですとーーーー!
三尾をコントロールできなくなった幽鬼丸に対しては「捨て置きなさい」。
まぁそのおかげで、二人は自由が手に入った訳ですが…
「今となってはすべてが無意味」とは、サスケを転生の器にすれば、三尾を使っての暁への揺さぶりも要らないって事でしょうか。
一人勝手にワクワクしている大蛇丸が不憫です(嘘吐け)。

●今の大蛇丸の器、幻幽丸だったよね。あまりに前の事で忘れかけていたわ。
そういえば幻幽丸と幽鬼丸は兄弟という設定だった様な気が…?

●綱手の手の震えが気になります。

●出た、二の腕軍団!(だから、それは暗部だってばよ)

●最後の最後で漁夫の利、デイダラとトビ。
それにしても、トビのあのチキンぶりに騙されたよなぁ。一癖も二癖もあるコワイ集団暁にとんだ『お笑い担当』が居たもんだ!とか思っちゃってたもんね、最初は(^^;)。
よく考えてみたら暁にそんなビビリ君汗;が入れる訳ないんだよなぁ。

木ノ葉が束になっても捕獲できなかった三尾がデイダラにいともあっさりやられちゃって。でもよく考えたらデイダラは風影・我愛羅を倒した実力の持ち主なので、人柱力ではない三尾なんかそれに比べたら簡単だったかもしれないです。


ナルトのセリフ、
「思って思って思い続ければ通じる」
「サスケの帰って来る場所を作っておく」

が、ナルトの思いの強さを物語っていました。

火ノ寺編では、やはりアニメ・オリジナル・キャラのソラを修行の旅へ出させる、という結末へ持っていき命が尽きる事は避けたので、今回も紅蓮と幽鬼丸を延命させ、しかも彼女を慕っていた牛頭の三人がまるで家族の様に寄り添い新たな旅へ出るという結末は良かったと思います。

次回からいよいよ原作へ戻ります。
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No  254

アニメ【NARUTO】感想

■331話「砕かれた約束」2009年5月28日放送
脚本/武上純希 絵コンテ・演出・作画監督/木下ゆうき 演出助手/すがやゆりこ

とっくにカブトの手にかかり、彼のコレクションになっていた麟児。しかも結構早い段階で。濡羅吏たちよりももっと早く、カブトに捨て駒にされていたわけね(^^;)。

以前サイを亡き者とすり替えたカブトの術もこれであり、『死魂の術』って言うんですね。
これってカブトらしい術だ。
死体をコレクションしている事もそうだけれど(うへぇ;)、いかにも医療忍者っぽいというか…
もうカブトはれっきとしたマッド・サイエンティスト(^^;)。


「お世話するのはボク一人で十分だ」

カブトにとって、大蛇丸の傍に仕えるのは自分一人で十分。
心の奥底が見えないのはカブトも同じだけれど、少なくともカブトは大蛇丸を崇拝しているけれど、麟児はそれすら怪しい。大蛇丸を踏み台にして飛躍したいという野望も感じられたので、どのみち麟児は邪魔になったに違いない。
アニメオリジナルのキャラが先々まで原作に影響を及ぼすような事があるのは好ましくないので、カブトが麟児を消すという流れは、脚本が生きたと思います。

いよいよ次回で『三尾捕獲編』は完結の様ですが、最終的にはトビとデイダラの暁に三尾が持っていかれるのを長い期間をかけて放映し、このアニメ・オリジナル・エピソードを単なる時間稼ぎとしての挿入にするのなら「あー、長かった!」の一言で終わらせるところですが(^^;)、ちゃんと原作との整合性も考えているようで、そのあたり大蛇丸崇拝者・カブト(笑)の言葉を借りるに、
「各隠れ里は今後長く激しくぶつかり合う(と大蛇丸は予想している)」と。
ペインの木ノ葉襲来はその第一歩でしたし、今週発売のWJ28号掲載 №449:希望の花 で長門は命尽きたけれど、まだその火種は鎮火されてはいない。


「大蛇丸の未来戦略」

大蛇丸の暁脱退は、イタチを次なる器としての乗っ取りに失敗したからだけれど、成功したらしたで暁からは脱退していたと思う。
暁に所属していた方が尾獣の収集には成功しやすかっただろうけれど、その前に転生の時期の方が早かったので、大蛇丸が暁に所属していたのはやはりイタチの体が目的(ヘンな意味ぢゃナイヨー;)だったと考える。
この世のありとあらゆる術を極める為には(って限りなく無理だと思うのだけれど。「~道」が極められない様に)気が遠くなる程時間がかかるだろうし、生きながら得る為の転生であり、そもそも忍術が生きて行く術の一部である限り、自分の命も常に危険に曝されているという事も肝に銘じておかなくてはいけないのに、大蛇丸は自分は大丈夫だと思っているんでしょうか。
この辺りはサスケの逆襲(またもや勝手に命名)の時にでも改めて語りたいと思いますm(__)m


幽鬼丸の力は三尾の動きを制止するものだとばかり思っていたのですが、幽鬼丸の怒り・悲しみなど負のエネルギーは、三尾にチャクラを与え(増大?)暴走させる力もあったのですね。
結局、大蛇丸側が捕まえられなければ暴れさせるだけでも良しとするとカブトが言っていたので、目的は果たせないまでも最悪の事態からは免れた(と現段階ではカブトは思っている)せいか、意外にあっさりと引き揚げたのには拍子抜け(^^;)。


「大蛇丸の予想」

紅蓮と幽鬼丸の信頼関係は大蛇丸が予想した通り。
「そこに二人を繋ぐ宿命的な関係(紅蓮が幽鬼丸の母親を殺した事)をぶつければ、(幽鬼丸は)怒りで爆発的な力を発揮するはずだった」のに、実際は幽鬼丸は紅蓮を恨まなかった、というところまでは大蛇丸も、そしてカブトも予想できなかった。
              何故か?
最初から幽鬼丸には母を殺された恨みなんかなかったから。
ただ母に逝かれて自分の拠り所が無くなり、その事に対する不安の方が大きかったのだと思うのです。
紅蓮は償いの意味もあって命を懸けて守ろうとするけれど、死んでしまったらまた拠り所を失うから、幽鬼丸には意味がなくなってしまう。
だから、紅蓮が麟児を道連れに海に沈んだ時、幽鬼丸のエネルギーがかつてないほど引き出されたのです。
人の情から大蛇丸やカブトは離れたところにいるので、予測ができなかったのが彼らの誤算。

の果実
幽鬼丸を閉じ込めた紅蓮の晶遁の術ってそんな名前だったのね。

●形勢逆転
結晶がどんなものか講義をたれる麟児センセイ。
その弱点を説いたつもりで距離を取って離れた所からコウモリを使って晶遁を妨害したまでは良かったが、接近戦に持ち込まれて逆に封じ込まれる始末 orz。

●コラボ忍術『三位一体(?)』
ガマ油炎弾はガマオヤビンと自来也のコラボでしたが、ここでそれを拝めるとは!


ヒビが入った椿の結晶。
紅蓮の命や如何に!?


◆今週のサイ◆
融合して巨大化した濡羅吏・鬼霧、鬼鳳を見てサイが言いました。
「キモいというのはこういうのを言うのかな」
ハイ、その通りです!キモイ以外の何物でもありません。
カカシ先生も言っていたし!

ところで、
祝!カカシ先生生還!!!ぴーす


…って死んだなんて思ってもいなかったけれどね(ヂャンプのアオリも柱にも、何度も騙されていたから)。

これで離れかけていたNARUTOファンも随分と戻って来たでしょう。
次回以降のWJの人気投票の結果が楽しみですキラキラ
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