WIND OF MOON

アニメ、漫画(たまにドラマや音楽)の感想・雑感を気の向くままに綴っています。
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No  177

アニメ【NARUTO】第247話感想

■第247話「叶わぬ夢」2007年8月30日放送
脚本/西園悟 絵コンテ/十文字景 演出/阿野栄太郎 作画監督/村松尚雄 Yang.Kwang-Seok 村上勉

ついに決着!
サソリVSチヨ&サクラの戦いは、激闘の末、サソリ敗れる!!!

戦いの運びはほぼ原作通り。
ただ、結末を迎えた時のサソリの幼い頃の回想シーンに、以前243話「チヨの奥の手」で放映したものを加筆した感じで挿入。

今回の感想はちょっと視点を変えて、サソリの事で感じた事を綴りたいと思います。全くの私の妄想ですけれどね m(__)m

◆サソリ考

最後の一撃、サソリを倒した時にチヨが、倒されていたのはチヨの方だったとサクラに話します。
サソリはチヨの最後の攻撃が見えていたのにかわさなかったと。それについて、チヨはサクラにどうしてなのかは話していません。特に原作では。アニメではそのあたり、サソリが両親の事を一瞬考えてできた隙、という描写でした。

何故サソリはかわさなかったのか ―
私には、一縷の人としての理性がチヨと戦う事でサソリに蘇ったのだと感じました。
それが極限の段階で強く押し出されたのだと。

彼は忍であると同時に高い才能を持った芸術家。

傀儡を作る才能はやはりチヨの孫でもあるから血筋であり、天分でもあると思うけれど、きっかけはやはり最愛の両親の死。
両親が死ぬまでは、サソリは素直で聞きわけの良い、どちらかというと大人や周りを手こずらせない“良い子”だったように見受けられました。
チヨが両親を亡くしたサソリに多分手慰みとして教えた傀儡作りは、サソリの才能を開花させるものだったと思います。
筋が良い彼はすぐに両親そっくりの人形を作り、操れるまでになった。
亡き両親そっくりの人形達に抱かれて眠るサソリに、チヨは不憫さでさぞかし胸が痛んだことでしょう。
見るに見兼ねて、チヨは自ら率先して人形に命を吹き込む術を開発したんだと。
それはあまりにもリスクが高くて禁術となったそうですが、チヨは里の為というよりも息子夫妻を生き返らす為に開発したんだと思います。自分の命と引き換えてもサソリの為に。

でもチヨがそう考えた時、同時にサソリは命の替えなどないと悟った瞬間でもあったのです。

チヨの思いをその時即座に知り、またチヨの愛情を理解できたらサソリは暁へなど入らなかったかもしれない。
でも当時の彼の年齢を考えれば難しかったかもしれない。

サソリの両親を殺したのはカカシの父・木の葉の白い牙ですが、
彼らは互いの間に個人的な憎しみはなかった筈です。
【NARUTO】の世界では忍は兵器ですから、出動命令が出れば任務として戦う。

サソリも忍。

だから、両親は忍として死んだのだから、という事は理解したのだと思います。
いや、理解しすぎているからこそ、任務で命を奪うことにためらいがないのだと。
また、イタチ同様、自分の力がどこまで通用するのか知りたいという欲求もあったのではないかと。

サソリは、最後の最期でチヨを誤解していたと気付いたからこそ、『無駄な事』天地橋の事をサクラに話したのでしょう。
彼にとっては人の事などどうでもよかった筈ですから。

チヨの言う砂の悪しき習慣は、他人を信用しない、忍は任務を全うする為なら心を鬼にせよ、という意味でしょう。
その考えの最たるものがサソリで、
チヨも最愛の息子夫婦を失った事でそう思って生きてきたに違いないのです。いや、そう思って生きていくしかなかった。
その考えが文字通り悪しき方へ作用し、結果チヨは息子の忘れ形見サソリを失う事になってしまった。

傀儡のサソリをサクラがいくら殴ったところで、当のサソリは痛くも痒くもない。人形だから。
でもチヨの気持ちを誤解して、ここまで沢山の命を奪ったサソリをサクラは殴りでもしなくては気がおさまらなかった。
チヨとサクラに向かって無駄な事をするのが好きだ、うそぶくサソリ。でもサソリにもチヨの本心が分かった筈です。分かったけれど、もう自分のやってきた事はどうしようもならないと。考えを改める事は、サソリが己の人生や自分自身を全否定する事になってしまうから。
チヨも怒らなかった、いや、怒れなかったのは、サソリの人間形成を直接ではないにせよチヨが担ってしまったからでしょう。

ある意味、サソリは忠実に砂の教えを引き継いでしまったと言えるでしょう。

里を離れた頃から年を取っていないサソリの外見から、きっと思春期に里を去ったと思われます。
一番多感な時期です。
両親の愛情を一身に受けていた純真な少年の心が、まっすぐであったゆえに心を閉ざしてしまったのだと思います。

砂の里の教えの悲劇を痛感した回でした。


チヨについても思うところがあるのですが、それはまた我愛羅蘇生の回にでも書きたいと思います。
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